誰もが自分の人生を自由にデザインできる社会

夢を語るのは、特別な人だけのものだと思っていました。
何かを成し遂げた人、強い意志を持つ人、若い人。
少なくとも、私ではない、と。

けれど今は、少しずつ言葉にできるようになってきました。
私の叶えたい夢は、
誰もが自分の人生を自由にデザインできる社会です。

夢の理由は、正直よくわかりません

なぜこの夢を持つようになったのか。
はっきりした出来事や、劇的な原体験があるわけではありません。

ただ、気づくと私はいつも考えていました。
「この人は、本当は何を望んでいるんだろう」
「この選択は、自分で選んだものだろうか」と。

多くの人が、
「こうあるべき」「普通は」「もう遅い」
そんな言葉に囲まれて、人生を選んでいます。

それを、本人の弱さだとは思えません。
そう思わされてきただけなのだと、感じています。

夢は、特別な場所ではなく日常の中にある

今、私はいくつかの場所に関わっています。
地域では、教育関連のサポーターをしています。
また、コーチとして、人が「自分はどう生きたいのか」を言葉にする時間にも寄り添っています。
一方で、平日の月曜から金曜、9時から18時までは
ITエンジニアとして働いています。

夢を語る場だけにいるわけではありません。
ほとんどは、ごく普通の毎日です。

けれど、その日常の中で私は、
小さな「選択の瞬間」を何度も目にしてきました。

やってみたい、と口にした子ども。
自分で決めてみよう、と言った大人。
正解ではなく、自分の気持ちを選んだ瞬間。

その一つひとつが、
人生を自由にデザインする力の芽だと思っています。

夢が叶った社会で見たい景色

誰かと比べて決める人生ではなく、
「私はこう生きたい」と言っていい社会。

年齢や立場に関係なく、
人生の主語を自分に戻せる社会。

失敗しても、遠回りしても、
それを自分の選択として引き受けられる社会。

そんな社会では、
人はもっと穏やかで、しなやかで、
他人にもやさしくなれるはずです。

私がいま、挑戦していること

私はまだ、社会を変えたわけではありません。
大きなことを成し遂げたわけでもありません。

ただ、
誰かが自分の人生を選び直す瞬間に、
そっと立ち会い続けています。

夢は、いつか叶うものではなく、
すでに生き方として始まっているもの

これからも私は、
日常の中で人生をデザインする人を、
静かに増やしていきたいと思っています。

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