手応えがなかった時間の、もう一つの見方

研修や会議に参加したのに、
あまり発言できなかった。

その場にいたはずなのに、
何も貢献できなかった気がする。

この感覚は、じわっと残る。
大きな失敗ではないけれど、心のどこかに引っかかる。

でも本当に、
「役に立っていない時間」だったのだろうか。

場で多くを話す人がいる一方で、
全体の流れを観察している人がいる。

誰がどんな視点で話しているのか
どこで議論が止まり、どこで動くのか
どんな言葉が場の空気を変えるのか

そういうものを受け取っている時間は、
外からは見えにくいけれど
確実にその人の中に蓄積されていく。

特に、普段は手を動かし
実務の最前線にいる人ほど、
その吸収は後から効いてくる。

目に見えるアウトプットが少ない時間は、
何も起きていない時間ではない。

内側で視点が増え、
判断の材料が増え、
引き出しが静かに増えている。

手応えがなかったと感じた時間ほど、
あとから振り返ると
「あの期間が土台だった」と分かることがある。

もし今、うまくできなかった感覚の中にいるなら、
それは評価を下げるサインではない。

静かに、確実に、
次のステージへ向かう準備が進んでいる合図。

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変化のない一日を、前進と呼べるか